6月の言葉
平成22年6月1日
“わかること(自覚)と わかってあげること(他覚)“
「 しわがよる ほくろができる 腰まがる
頭ははげる ひげ白くなる
手がふるう 足はよろめく 歯はぬける
耳は聞こえず 目はうすくなる
身にそうは ズキン えりまき 杖 眼鏡
湯たんぽ 温石 しびん 孫の手
聞きたがる 死にたくなくなる さみしがる
心はまがる 欲ふかくなる
くどくなる 気短かになる ぐちになる
でしゃばりたがる 世話やきたがる
またしても同じ話に子をほめる
達者自慢に 人はいやがる 」
「老人六歌仙」といい、江戸時代、白隠禅師とともに禅画僧の双璧の一人とされた仙涯禅師の作とされています。
すべての老若男女が、いずれこのような状況になってくるのです。
戦後10数年は、一家二世代の家族が同居して、お互いの立場を相互に理解し合って、一人一人の家族と暮らしてきたのです。お年寄りの方は、自然とやってくる老いの具体的な状態から生き方・生活態度までを解る(自覚)ことに努め、お年寄りと一緒に暮らしている方は、解ってあげる(他覚)ことに努めながら「人としての関わり、家族としての関わり」を持ちつつ暮らしてきたのです。
今や、物質的には豊かになりましたが、人間としては心が貧しくなり、自分を生んでくれた父母までもが老人介護と称して他人任せ、「人との関わり」より「お金との関わり」を最優先する嘆かわしい時代になってきてしまいました。
皆さんは、この歌を読んで、どのように感じましたか?
私は、「笑った人を笑え」と思いました。
合 掌