開創四五〇年以上に渡る、厚い信仰の壇信徒に支えられた長福寺の歴史
長福寺の歴史
開山から四百年
天文2年(1534)3月3日、開山浄譽上人遊夢和尚により開かれました。茨城県結城郡豊岡村飯沼の関東18檀林弘経寺に属しています。本尊は、恵心僧都御作 阿弥陀如来の尊像を奉安しており、「伽藍完備、寺域宏壮にして、専修念仏道場として法燈の輝き隆々、讃仰の徳、近郊に普き、賽する者踵を絶ゆることなし」と言い伝えられています。
開基は旧家 本間家の始祖
当町旧家本間甚五衛門は、寛永14年(1637)本間家の始祖 本間近江守重行両親の遺骨を本寺に葬りました。弘経寺より浄譽神阿大和尚を招いて、諸堂を整備し旧観に戻したそうです。
火事による被害から再興
文久3年(1863)、町内の類焼を受け全焼してしまいました。「昔日の観全く跡を絶え、空しく狐狸の棲家となり、児童の遊技場と化するを見るに至る」と残されています。
23世敬譽應山和尚は、明治3年(1870)、古家を買い求め仮堂として、祭祀奠供の道場としました。
26世超譽了達和尚は、「拙僧齢七旬を越え、日暮れてなお道遠く、到底その器にあらざるを知りつつも、朝夕おつとめ冬の空に天井の雨もり点滴の滴を眺めては、一層悲哀交々胸に迫り不甲斐なさをしみじみと考えさせられ、この廃墟に等しき現状に眼を掩うて黙視するに忍びませぬ」と檀中に本堂の再建を懇願しました。
しかし、世超譽了達和尚は志半ばにして昭和30年(1955)7月に入滅してしまいました。先代の志を継承した27世芳譽了信和尚は、檀信徒総員の浄財喜捨により昭和36年(1961)から修復を開始し、本堂・堂宇・書院・庫裡を新築し、翌年11月8日に落慶法要を行いました。当世においても、檀信徒の篤い信仰に支えられ、山門、庫裏・書院の再建、駐車場の整備などの諸事業を行い、過去の隆盛を取り戻しつつあります。
長福寺 歴代住職
- 開山
- 浄譽上人遊夢和尚
- 開基
- 本間近江守重行
- 開創
- 天文2年(西暦1534年)3月3日
- 中興
- 生蓮社浄譽上人神阿遊夢大和尚 寛永14年10月15日寂
- 二世
- 正蓮社然譽上人授公老和尚 明暦3年1月25日寂
- 三世
- 善蓮社法譽上人辨良和尚 正徳3年6月29日寂
- 四世
- 専蓮社信譽上人龍圓大和尚 寛文元年4月19日寂
- 五世
- 尊蓮社教譽上人残夢大和尚 延宝3年5月13日寂
- 六世
- 往蓮社観譽上人春華大和尚 延宝8年5月19日寂
- 七世
- 本蓮社覚譽上人存保大和尚 延宝9年6月14日寂
- 八世
- 深蓮社高譽上人春岩大和尚 宝永元年8月29日寂
- 九世
- 頓蓮社教譽上人廓天自信和尚 寛保3年6月16日寂
- 一〇世
- 松蓮社勁譽上人常阿巌貞哲信和尚 安永3年7月12日寂
- 一一世
- 圓蓮社光譽上人然秀大和尚 天明5年10月12日寂
- 一二世
- 牲蓮社直譽上人實法大和尚 享和3年2月7日寂
- 一三世
- 法蓮社牲譽上人本阿妙瑞和尚 天明7年2月15日寂
- 一四世
- 信蓮社直譽上人嶺存大和尚 不詳
- 一五世
- 進蓮社精譽上人春雅大和尚 文化12年8月11日寂
- 一六世
- 音蓮社戈譽上人辨海和尚 文政2年1月3日寂
- 一七世
- 定蓮社入譽上人源阿善雅和尚 天保8年4月8日寂
- 一八世
- 唯蓮社説譽上人察明老和尚 弘化2年11月20日寂
- 一九世
- 教蓮社戒譽上人迎阿酉信単翁和尚 嘉永4年7月25日寂
- 二〇世
- 切蓮社琢譽上人俊澄老和尚 不詳
- 二一世
- 圓蓮社福譽上人徳禅和尚 安政2年6月29日寂
- 二二世
- 圓蓮社峻譽上人乗阿赫英和尚 明治2年12月2日寂
- 二三世
- 宏蓮社敬譽上人久郷應山和尚 明治21年5月22日寂
- 二四世
- 界蓮社善譽上人厚阿了班大含和尚 大正元年10月3日寂
- 二五世
- 乗蓮社願譽上人了阿無生法遵和尚 明治41年10月1日寂
- 二六世
- 寛蓮社超譽上人善阿圓満了達和尚 昭和30年7月11日寂
- 二七世
- 白蓮社芳譽上人深阿不染了信大和尚 平成2年10月24日寂